書店の狭い通路で若者とすれ違いざま目が合い、一瞬間をおいて声をかけられました。

「図書館の人、ですよね?」

ん?誰?

「自転車のキーを拾ってもらった○○です」

もう何年も前、公共図書館に勤務していた頃のこと。閉館間際に1ヶ月以上返却が遅れた本を、カウンターにドサッと放り出すや逃げるように出て行った男の子が、駐輪場の側溝に自転車のキーを落としたと泣きながら戻ってきました。

遅れて返すからそんな目に遭うのやと大人げない悪態をつぶやきながら放ってもおけず、事務所にあった針金ハンガーをフックにして、落としたあたりを懐中電灯で探りようやく拾い上げて渡すと、コクッとうなずき帰っていきました。

その後何度か館内で見かけましたが、やがて姿を見せなくなったあの時の男の子。こちらの記憶はほぼ消えていましたが、彼は覚えていてくれたようです。聞けば受験生。目指す北陸地方の大学の2次試験が迫っているとのことでした。

もうすぐ4月。多くの若者が節目を迎えます。彼の受験結果はわかりません。たとえ不本意な結果であっても、必ず得るものがあることはこの歳になればわかりますが、若い彼には受け容れ難いかも。それを思うと、馬齢を重ねながらも人の世の禍福を少しは達観視できるようになり、そしてこの先もこうした心の持ち様を積んでいけるなら、老いていくことも悪くはないようです。

(五十嵐 幸夫)