ミシン針の先端には上糸を通す穴があいています。今の我々にとっては何でもない構造ですが、この仕組みが発明されたおかげで、それまでのミシンではできなかった様々な縫製が可能になり、特許をとったアメリカの実業家エリアス・ハウは、そのロイヤルティをもとに莫大な財を築きます。

この発明には逸話が残されています。
19世紀半ば。ミシンの改良に没頭していたハウはある日、野蛮な国で捕らわれの身となり処刑される夢をみます。その時、自分に向けられたヤリの穂先に穴があいており、これだと気付いて目が覚め、すぐに設計に着手。おかげで順調に開発が進んだといいます。

さて、我々の脳は意識するしないにかかわらず見聞したことは全て格納し、既視感とか夢のお告げなどの不思議な感覚は、脳が格納した記憶を不意によみがえらせるから起きるといわれます。ひらめきとか思いつきとかは結局のところ、どこかで得た知識が元になっているということです。

件のミシン針も、既にドイツの靴職人や他の同業者が開発しておりハウが全く知らなかったとは思えません。知っていたけど意識になかったことが夢の中で形となって現れたのでしょう。もちろん自分の発明にしたいがためのつくり話だったのかもしれませんが。

とはいえ優れた発想とかアイデアというものは、日々懸命に追求している人にしか現れてくれません。やはり脳は、使う人にしか応えてくれないようです。

(五十嵐 幸夫)