春がまためぐってきました。植物の根が「張る」が春の語源ともいわれているように、新しい命の息吹があふれ始める季節です。憂き世に疲れた我が身でも不思議と気持ちが高まるのは、やはりこの季節が発揮するパワーのおかげでしょうか。ただ年齢がまた一つ増えるという現実に、ため息の数もまた増えています。

さて今、ある漆器がメディアによく取り上げられています。
福島県会津の漆器職人の方々の技巧と、視覚に障害がある方々の優れた触感とを組み合わせ、手にした時の質感と使いやすさ、口当たりのよさを究極まで追求し仕上げたというお椀です。
そしてこのお椀には、漆という自然素材の特性を活かし、塗り直すことで世代を超えて使い継げること、また販売益の一部を次の漆の木を育てる植栽に活かすことで、使う人と作る人との縁がいつまでもめぐるというメッセージが込められているそうです。
伝統工芸の活性化に向けた取組の一つとのことですが、こうした日常使うものの機能性や質感を視覚障害者の感覚で極めていこうという試みは、ものづくりの新たな手法として、さらなるひろがりを期待します。

春。別れと出会いが人の数だけあるこの季節。慌ただしさに追われファーストフードの手軽さについつい走りがちですが、巧みに仕上がった漆器を愛でながらゆっくりと食を味わう、そんな余裕をなんとか持ちたいものです。

(五十嵐 幸夫)