• 記念誌

  • 記念誌デイジー版

生活訓練部で訓練を修了された方達の会「フェニックス会(会長・小島文夫氏)」が、創設20周年を迎えられたのを記念して、記念文集「フェニックス II 」を6月13日に発刊されました。京都ライトハウス・鳥居寮のエピソードや、訓練中の思い出などを、会員の皆さんが綴られた珠玉の1冊となっています。
墨字版、テープ版、デイジー版と3種類作成されています。ご希望、お問い合わせなどは下記までご連絡ください。(頒布価格500円)

〒603-8302 京都市北区紫野花ノ坊町50 社会福祉法人京都ライトハウス 鳥居寮内 フェニックス会(電話 075-463-6455)

<一文を掲載いたします。>

「冬空の下で」

片山和子

 それはとても寒い日のことでした。私は信号を渡る訓練を受けていましたが、寒さでやる気をなくしていました。千本北大路のローソンの前に立ち、白杖で点字ブロックを何度もがりがりやっていると、歩行訓練士のT先生がストップをかけました。先生は私を道の傍らに立たせ、話を始めました。いい加減な気持ちで歩くと危険だと。そして私が見えていた頃のことを尋ねられたので、大阪の淀屋橋にある会社でOLをしていたことを話しました。すると先生はこう言いました。

 「昔みたいに颯爽と歩きたくないですか? ただ歩くんじゃなくて、美しく歩きましょうよ」

 私は胸に熱いものがこみ上げてきました。見えなくても颯爽と歩きたい。「盲目は不自由なれど、不幸にあらず」という鳥居篤治郎先生の言葉が心のどこかに響いていました。

 先生は美しく歩くための心構えや方法を教えてくれました。北風が容赦なく吹きつける道路で、何十分も話は続きました。手も顔も氷のように冷たかったけれど、胸の中は温かいもので満たされていきました。私より一回りも下のT先生は、いつもは冗談を交えての指導でしたが、このときは真剣に私を叱ってくれたのです。今はT先生は鳥居寮におられません。あれから何年も経ち、現在は盲導犬を持つようになりましたが、美しく歩くことを心がけています。

 1998年9月に鳥居寮に入ってから修了するまでの時間が、私にとっての原点になりました。網膜色素変性症で全盲になり、歩くことも読み書きもできなかった私ですが、今は仕事を持ち、自由に生活を楽しんでいます。忙しい毎日を過ごしながら、ふと寮生活を思い出すことがあります。同室の女性3人で屋台のラーメン屋さんを追いかけ、やっとの思いでつかまえて食べた味噌ラーメンのおいしかったこと。ライトハウスから寮に戻る道をぼんやり歩いていて迷子になり、M先生の大きな笑い声が聞こえてきてどんなにほっとしたことか。鳥居寮はやっぱり、私の心のふるさとです。冬空の下で叱られたあの日のことを大切な思い出として、いつまでもとっておこうと思います。