京都東山・東福寺。臨済宗東福寺派の大本山であり京都五山に列する大寺院です。紅葉の名所としても数々のメディアで紹介されていることから、シーズン中はもちろん普段でも多くの観光客で賑わっています。でも私が子どもの頃は、昼間でも時代劇のロケが行われるぐらい人影がなく、境内、特に今は国宝となっている三門付近は私たちの絶好の遊び場でした。

その頃この三門には仁王像が立っていました。仁王像。阿形・吽形の対から成りそれぞれ金剛力士と密迹(みっしゃく)力士と呼ばれ、怒りの形相と筋骨隆々の姿は仏敵を退散させるためといわれています。風雨の影響で朽ちてはいましたが、表情、身にまとう衣、手にもつ杵(しょ)などの精緻な造形に、これは人間が彫ったのではなく仁王が木を借りて現れたのだと本気で思い、怖い存在でした。

仁王像の作者といえば運慶。夏目漱石は「夢十夜」の第六夜で、運慶は仁王を「彫るのではなく木に埋まっている仁王を掘り出しているだけ」とこの天才仏師を表現しています。これを読んだ時、子どもの頃の仁王像への感覚と重なり、妙に納得したことを覚えています。しかし掘り出せるのは運慶だけで、凡人は懸命に彫り上げるしかないこともこの小説は語っています。

さて9月。「鳥居賞」「鳥居伊都賞」が伝達される月です。両賞は回を重ね、ますますその意義を高めていますが、これまでのように実績を積まれた方を顕彰するだけではいずれ対象者は限界となります。掘り出すのではなく彫り上げる、つまり人材を育て顕彰につなげていくことが、これからの取組の方向となっています。
鳥居ご夫妻の命日を迎える9月はまさに、京都ライトハウスが原点に立ち戻り、そして、今後のあり方を見定める月となっています。

(五十嵐 幸夫)