京都の“かざはな”は凍てつきへの誘い

はなのぼう 2007年1月号
こんな話題あんな話題

冬の京都もよろしおすえ、ぴーんと張り詰めて冷とうすけど、ふくよかなほとけさんがほほえんだはったり・・・
京都は昔から寒うて よう凍てついたはりますなあ、と言うてたんどす。きーんと冷え込まはる明け方に、どっからか風花飛んできやはったらすぐに冷たい道がすうっと白うならはって、凍てついて融けやらへん・・・。

「京の底冷え」と言われるように冬の京都盆地はよく冷え込みます。
そして、京の都と雪の日本海側を隔てる北の山々は低いために、雪雲がよく流されてきます。
そのため晴れていると思ったら急に北の方に雲が現れ、雪がさあっと舞ってきたりします。

京都の朝がたは地面が冷え切っていることも多く、少しの雪がうっすらと積もっただけなのに雪が融けず、人や車でつるつるになることがしばしばでした。ですから昔の「京都人」は、滑らないように歩くのが上手な人がけっこう多かったのです。
下駄履きでも草履履きでも滑りやすいのですが、和服であってもすっすっとなめらかに足を出すしぐさは、上品な中にも体の重心をうまく移していく歩き方になっていたのでした。私も小さいときから慣れていたせいか、中学生のころには すべりやすい道でも ころばずに歩くことができました。
(そのためでしょうか、初めてスケートをしたときもほとんどこけませんでした。)

でも今は、世界の温暖化や京都府内も車が増えたことなどが影響しているのでしょう。京都市内が「凍てつく」ことはうんと少なくなりました。最低気温も昔より2度ほども上がったようにさえ感じます。
そんな昨今、たまに凍てついたり雪が少しでも積もると、ころんでしまう人がふえたのでしょうか。
テレビのニュースでも、雪の朝の三条大橋をこわごわ歩いている女性が映ったりします。
心もぴーんと張り詰めるような気分になる朝の凍てついた道が、もっとあってもいいのではないかと今は懐かしくさえ思います。

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